2023年3月28日よる9時から日本テレビ系列で放送される『ザ!世界仰天ニュース』に、日本犯罪史上類を見ない連続殺人犯の宮崎勤が特集されます。
連続幼児殺害事件が発生し、その犯人として宮崎勤が逮捕された事件であり、その残忍性や偏った性癖からも注目を集めた事件です。
さらになにより注目されたのが、なんと宮崎勤が「食べた」と発言したことで、宮崎勤は一体なにを「食べた」のでしょうか。
そして宮崎勤に関連するキーワードとして中森明菜さんの名前が出てきますが、その理由も気になりますよね。
今回は、宮崎勤は食べた?最後の言葉や中森明菜との関係もについて解説します。
宮崎勤の生い立ち
宮崎勤
埼玉東京幼女連続殺人事件
1988年8月~89年6月
4〜7歳の幼女4名を殺害。遺体をビデオに撮影したり、幼女の遺骨を、幼女の家に送るなどしていた。死者4名。08年6/17、執行。45歳没。 pic.twitter.com/T7aPUkS0RL— 執行済み・獄中死した死刑囚bot (@sikei_syu_bot2) March 24, 2023
宮崎勤は1962年8月21日に、東京都西多摩郡五日市町小和田(現在のあきる野市大和田)で、地域新聞会社「秋川新聞」を経営する、裕福な一家の長男として誕生しました。
共働きで多忙だった両親は、生まれて間もない宮崎勤を、30歳くらいの知的障害をもつ男性に子守を依頼し、預けることとなりました。
それでも、その男性と町会議員を務めるなどしていた祖父が宮崎勤の世話をしており、宮崎勤もまたこの祖父にとても懐いていたといいます。
そんな宮崎勤の家族構成は祖父、祖母、両親、妹二人の7人であり、祖父は引っ込み思案な宮崎勤を連れて歩き回るなど、とても可愛がっていたそうです。
そんな宮崎勤ですが、幼い頃から手首を回せず手のひらを上に向けられない「両側先天性橈尺骨癒合症」を患っていました。
当時は日本で症例が150程度の珍しい病気であり、当時は手術の成功確率もとても低かったことから、手術は断念されたそうです。
そんな宮崎勤ですが、1983年3月に短大を卒業すると、その後叔父の紹介で、小平市の印刷会社に就職し印刷機オペレーターとして勤務することとなりした。
叔父の紹介ということもあってか、宮崎勤の勤務態度は極めて悪く、そのため社内でもかなり評判が悪かったようです。
3年ほど働いた1986年3月には、勤めていた印刷会社の上司から神奈川県への転勤を命じられましたが、それを拒否し退職しています。
印刷会社で働きながらも、宮崎勤は趣味のアニメや漫画に没頭していき、アニメの同人誌も発行していますが、制作仲間から嫌われてしまいすぐに同人誌発行を辞めてしまいます。
その後はビデオサークルに加入し、多くの昨日のビデオテープを所持しますが、ここでも仲間内から嫌われてしまい、孤立することとなっていました。
宮崎勤は食べた?
来週の宮崎勤(連続幼女誘拐殺害事件)ネタは実況が盛り上がるぞ〜#仰天ニュース #世界仰天ニュース pic.twitter.com/m56oAhXu5t
— 三浦 瑠フィ (@souon_d) March 21, 2023
とても残忍で自分勝手な行動が目につく宮崎勤ですが、なんと裁判で「食べた」と語ったことでさらにその異常性が注目されることとなりました。
宮崎勤は誘拐し殺害した幼女を食べたと語っていたことから、宮崎勤と食べたというキーワードで検索されているようです。
宮崎勤はなんと殺害した少女の両腕を焼いて食べたと裁判で語っており、さらにその残忍性を伺うことができます。
しかしこの宮崎勤の「食べた」発言は、弁護側が異常性を強調するために仕込んだ作り話だと検察が主張し、裁判所もそれを認めています。
そのことからこの宮崎勤の「食べた」発言が深く捜査されることはなくなりましたが、その異常な雰囲気をさらに強くするものとなりました。
さらに宮崎勤には自身をとても可愛がってくれた祖父がおり、その祖父が亡くなったあと遺骨を食べたと語っています。
あまりに常軌を逸した発言ばかりのため、宮崎勤という人物がとても異端な人間だとされることとなりました。
宮崎勤が両腕を焼いて食べたと発言した事件ですが、実は両腕だけ未だ発見されていないと言われており、宮崎勤が本当に食べた可能性も否定できないようです。
宮崎勤の最後の言葉
これはえげつないやつだ
宮崎勤元死刑囚の事件#仰天ニュース pic.twitter.com/v8Xjg2U4Fd— Silver25@FOCUS (@Android2420) March 21, 2023
およそ人とは思えない発言や行動が目立つ宮崎勤でしたが、最後の言葉として「あのビデオ、まだ途中だったのにな…」という言葉が有名です。
東京・埼玉で4人の幼い少女を連続して殺害したとして死刑が確定・執行された宮崎勤ですが、後半は独房での生活をしていました。
その独房ではビデオ鑑賞が許されていたことから、宮崎勤は数多くの作品を見ていたようで、死刑執行の朝に刑務官が死刑の執行を告げられた宮崎勤は、反省の言葉ではなく、ビデオの続きが気になると語ったことから、さらに多くの怒りを買うこととなりました。
宮崎勤と中森明菜との関係
今週も出てきた宮崎勤 #世界サブカルチャー史 pic.twitter.com/qbJLIy4mMz
— テレビのジュン📺 (@TV_no_Jun) March 25, 2023
宮崎勤について検索してみると、必ずと言っていいほど中森明菜さんの名前が出てきますが、なんと好きなタイプとして宮崎勤の名前を挙げたそうです。
かなり特異な人物の名前を挙げた中森明菜さんですが、俳優の山崎努さんの名前を出そうとして間違ってしまったそうです。
中森明菜さんもすぐに間違えたことに気が付きながらも、ミヤザキという名前が頭から離れないのだと語っていました。
この流れで1番不思議なのが、なんと連続殺人犯として宮崎勤が逮捕される前であり、この放送から「中森明菜さんが未来予知した」と話題になったことで、検索が増えてしまったようですね。
宮崎勤のまとめ
宮崎勤な #世界サブカルチャー史 pic.twitter.com/34pWYE07tY
— テレビのジュン📺 (@TV_no_Jun) March 18, 2023
今回は、宮崎勤は食べた?最後の言葉や中森明菜との関係もについて解説しました。
連続幼女誘拐殺人事件の犯人として死刑がくだされ執行された宮崎勤ですが、幼女を愛するあまり食べてしまったと語っており、その腕が見つかっていないことから、信憑性があるとされています。
猟奇的であり残忍な事件の犯人として日本を震撼させた宮崎勤ですが、その半生がザ!世界仰天ニュースで取り上げられることとなり、今でも注目の高い事件であると言えますね。