2023年3月14日よる9時から日本テレビ系列で放送される『ザ!世界仰天ニュース』で、1982年に起きた日航機羽田沖墜落事故が特集されています。
乗員乗客174人中24人が死亡し、149人が負傷した事故として大きなニュースとなり、日航逆噴射事故とも呼ばれています。
そんな日航機羽田沖墜落事故はなぜ起きてしまったのか、そして当時パイロットとして操縦桿を握っていた片桐機長は現在どうしているのでしょうか。
今回は、日航機羽田沖墜落事故の原因は何?片桐機長の現在もについて解説します。
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日航機羽田沖墜落事故とは?
【2月9日(水)】
( ˊ꒳ˋ ) / オハヨウゴザイマス ☀関東は 明日10cmの雪❄⛄が予想されてますね
雪国の人には笑われますが気をつけましょう‼️今日は 1982年 羽田沖で日航機墜落事故があった日です
機長が逆噴射させて 海に墜落した事故でした真ん中モッコリ水曜日宜しくDeath✨ pic.twitter.com/Ahor2Acy6s
— ..✧‧˚ジ̷サ̷マ̷ (@mr_zisama) February 8, 2022
日航機羽田沖墜落事故は、1984年2月9日(火曜日)に日本航空のダグラス DC-8-61型機が羽田空港沖に墜落した航空事故です。
乗員乗客174人中24人が死亡し、149人が負傷した事故として大きなニュースとなり、連日ニュースを賑わせていました。
日航機羽田沖墜落事故は、2月9日に福岡空港の滑走路16から離陸し、巡航高度まで上昇し羽田空港まで向かっていきました。
羽田空港の管制官から降下の指示を受け、降下する準備を始めましたが、副操縦士のコールにも機長はランディングの準備をしようとはしませんでした。
着陸準備を取らない機長は、さらに機首を下げるかのように、第2・第3エンジンを逆噴射させ、さらに操縦桿も前に倒した状態をキープさせています。
慌てた副操縦士は、機長から操縦桿を奪うとなんとか機首をあげようと試みますが、機長は頑なまでに操縦桿を前に押しさらに機首を下げようとします。
頑なに機首を下げようとする機長に対して、副操縦士は「キャプテンやめてください!」と大きな声を出しますが、機長はその行為をやめようとはしません。
その結果、350便は滑走路33Rから510m手前の空港南側の東京湾に墜落してしまいました。
墜落時、機体はわずかに右へ傾いており、右主翼が海上にある進入灯の一部を破損させ、胴体部が機首部分に乗り上げる状態で停止していました。
墜落後も機長は操縦桿を離そうとはせず、副操縦士は「キャプテンなんてことを!」と怒鳴ると、機長は突然泣き出したといいます。
機長の無謀すぎる運転のせいで、多くの犠牲者を出す大きな事故となってしまいました。
日航機羽田沖墜落事故の原因は何?
日航機羽田沖墜落事故の映像見てたら自衛隊員みたいの出てきた pic.twitter.com/rmHh2Z8N5P
— ナンブ (@st2658617) October 1, 2022
順調に飛行していたはずの350便ですが、着陸直前、なぜか墜落するような体制をとるような操縦がされていました。
この日航機羽田沖墜落事故が起こってしまった原因は、機長である片桐清二さんの精神が崩壊していたということが理由だと判明しています。
片桐清二機長は、事件の数年前からうつ病の症状などが発症していたことから、しばらくの休養を取るよう指示をされていました。
1976年頃から幻聴や幻覚に悩ませされていたようで、周囲も心配するほどの雰囲気の変わりようだったといいます。
そんな中35歳のときに機長に昇格すると、さらにその心的不安定な様子は周囲を驚かせ、さらには業務中にもミスを連発するようになっていました。
そのため1980年には病院にかかり「うつ病、もしくは心身症」と診断され、一時仕事を休んでいます。
1981年には職場復帰を果たしますが、なんと当時の医師からは「うつ病は治っていない」と診断されていたようで、それにも関わらず業務に復帰したそうです。
その後も無理を続けた片桐機長は、日常生活でもおかしなことを口走るようになったそうで、ソ連(当時)が日本を分断させようとしていると語っていたのだとか。
さらには「宇宙からの電波で飛行機を動かしている」や「家に盗聴器が仕掛けられている」と警察に相談したこともあったそうです。
かなり奇行が目立つようになった片桐機長ですが、事故当日には自殺念慮があったようで、飛行機を墜落させ自殺を試みたのだということで、この日航機羽田沖墜落事故が起きた理由です。
片桐機長の現在
’82年の今日2月9日は日航機羽田沖墜落事故があった日
着陸体制に入った際機長が”逆噴射”
異常に気付いた副操縦士と航空機関士が慌てて機首を水平に戻すも滑走路手前の東京湾に墜落、乗員乗客24名が死亡
心身症とされた片桐機長は不起訴
把握していながら黙殺していた日航の罪は重い pic.twitter.com/4L0wJu0yk7— cozy (@cozy94213653) February 9, 2019
事故直前、片桐機長はかなりの奇行や常軌を逸したような発言をしており、周囲もかなり心配していたそうです。
そんな片桐機長は、この事故を起こしたことにより、業務上過失致死罪により逮捕されています。
しかし、精神鑑定により妄想性統合失調症と診断されたことにより、心神喪失の状態にあったとして東京地方検察庁により不起訴処分で釈放となっています。
機長は精神衛生法(現:精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)に基づき、東京都立松沢病院に措置入院となり、約1年後に日本航空を諭旨解雇されています。
そんな片桐機長の現在ですが、資産家の家に生まれたという情報もあり、葉山で静かに暮らしているという噂があります。
しかし噂であることから、現在も病気が完治しておらず姉や母親が片桐機長の世話をしているという噂もあり、現在どのような生活をしているのかはわかっていません。
日航機羽田沖墜落事故のまとめ
#墜落 #日航機 #日航機羽田沖墜落事故
34年前の今日、1982年2月9日、日航機羽田沖墜落事故が起きました。前から8列目の左窓際に座っていた僕は、折れた機体から2月の寒い東京湾に投げ出され、地元の漁船の方から助けられました。 pic.twitter.com/McULVr5G1m— 朱雀公道 (朱雀内科クリニック) (@je6twj) February 9, 2016
今回は、日航機羽田沖墜落事故の原因は何?片桐機長の現在もについて解説しました。
とても大きな事件であったことや、片桐機長が心神喪失状態であったことなどから不起訴となったことにより、さらに大きな話題を集めることとなりました。
精神疾患の疑いがありながらも仕事をさせていた会社も問題視され、社会的にも大きな影響を与えた事故でしたね。